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違い

最近思うことがあります。

感想と干渉の違いって何だろう。

私はバンギャル。
バンギャルは決してバンドのスタンス、方向性に関して干渉してはいけないと個人的には思っていまして。

私がブログでバンドのライヴを見て、ああだこうだと述べていることは感想。
だから私は決して自分の書いたのをライヴレポとは呼ばないし、呼べるような代物でもない。
私は雑誌社の記者でもないし、客観的な視点とは到底呼べないような見方で見ていることを自覚しているから。

私は非常に受動的な見方でバンドを見ています。
与えられたものを自分の頭で考えようとせずにそのまま受け取ることが多い。

元からあれこれ考えることが苦手というのもある。
しかし、一方では、私があれこれ考えてウダウダと文句を垂れたところでどうにもならないことを知っているが故の諦めにも近い感情の受動性。

云うならばそれは自分の身を守るためでもある。

傷つかないための防御策。

しかし感想は一歩間違えば干渉になってしまう。

自分ではそのつもりがなかったにしても、感想のつもりで述べていたにしても、それが実は干渉だったということだってありうるし、実際あると思う。

じゃ、一体どこまでを感想と呼べ、どこからが干渉の領域に入るのだろう。

それが良く分からなくなっています。

自分が好きだったバンドが、いつの間にか自分の好きだった方向性でなくなってしまって、それについて友人にああだこうだとウダウダ愚痴っている内はそれはまだ辛うじて感想に入ると思う。

しかしそれをアンケートなりブログなり、つまり大衆の目に曝されるような場所に書いてしまったらそれは干渉に入るのではないだろうか。

差別するつもりはないけれども、バンギャルはバンギャルなのです。
バンドをやっていないのだから、そのバンドのスタンスに干渉すべきではない。

意識しているにせよしてないにせよ、干渉していることを目の当たりにして愉快なものではないなと思ってきただけに、自分は感想のつもりでも、実はそれが干渉でしたということになりやしないか。

私はそれが怖い。

自分はバンドをやっていないし、楽器も出来ない。

どれだけ多くのバンドを見てきたにせよ、バンドをやったことのない私は決してバンドマンの気持ちを分かることは出来ないのでしょう。

よくバンギャルの心、バンドマン知らずと云いますが、それは当たり前だと思います。
だって立場が違うんだ。

バンギャルだってバンドマンの心は知らない。

だからバンドマンがバンギャルの心を知らないからと云ってそれを糾弾するつもりは、今のところ私にはさらさらありません。

自分のエゴをバンドにぶつけることなく、好きなバンドを出来るならばずっと好きなままでいたい。

その為には自分が何者であるかを常に把握していなければならない。

感想のつもりが干渉にならないように気をつけていきたい。

最近そんなことを強く思いました。
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